『あざり』と呼ばれた自分…
だんでらいおん
天狗のお寺にお参りされたご夫婦から いただいたマスコットを大切にしています。
じっと見ているだけで、元気がわいてきそうな豪快な笑顔です。
私は“天狗さま”が大好き(^.^)
きっと過去生で、天狗さまと過ごしていた時の行者の自分が幸せだったからだと思います。
くる日もくる日も険しい山道をかけ続ける修行の毎日。
側にはいつも天狗の姿がありました。疲れて倒れこみそうになると、ヒョイと高い木の上につまみ上げられて、太い枝に並んで腰かけては、目の前に広がる山々を見下ろしていました。
「食え!」と、大きな掌にのせて差し出される丸薬は甘くて苦くて・・・ でも、口の中に広がると、不思議に体中に力がみなぎるようでした。
顔を上げると、いつもやさしく見守る天狗の笑顔がありました。 絵本で見るような高くてカッコイイ鼻ではないけれど・・・お酒に酔ったような赤ら顔で、ばかでかい鼻にギョロリとした目の・・・きっと、これが“天狗”というものなのだと、小さい時の私は思っていました。
記憶の中にある過去生・・・行者の私です。
『あざり』と呼ばれる自分を知っていました。
あざりは『阿闍梨』
辞書では『密教で、修行僧たちの規律を指導し教義を伝授する高僧』と、なっています。
でも、失礼な話ですが・・・大あじゃりという言葉があるじゃないか、と私は思っていました。比叡山の千日回峰行を成し遂げられた僧の凛とした姿。過去生の私は、その修行を遂げることができなかったのかと・・・過去生の自分に対して、どこか残念な思いをしていました。
でも10年ほど前のことになりますが、瞑想の中で、私は『あざり』の自分が死ぬ場面を見ました。
いつの時代だったのか・・・村をおびやかす魔物を鎮めるために、行者は一人、洞窟に入って、そこで渦巻く強大なエネルギー体と戦い、鎮めたものの精魂つき果てて、死んでしまったのでした。
だから『大阿闍梨』になることができなかったのだと・・・私ははじめて立派だった自分を知りました。
・・・私の『なぜ、大阿闍梨ではないのか・・・』 という、訳のわからない劣等感はそれで消えて、逆に『あざり』の自分は私にとっての誇りになりました。
本当に失礼な…申し訳ない話ですが…
私の過去生ヒーリング(^0^;) 終了
過去を生きた自分は、魂にすべて刻まれています。
懸命に生きた自分の姿を知り、それを誇りに思った時、刻まれた経験は現在の自分に光としてよみがえり、未来につながります。
お姫様だったから。お金持ちだったから。立派な業績を残したから。だから誇るわけではありません。
不器用でも失敗つづきでも、いつもその時代を懸命に生きた自分がいます。 その懸命さは、経験として魂に刻まれます。失敗した時は、『では、どうすれば良かったのか?』という反省が、未来の自分への経験値として魂に刻まれます。 それが宝です☆
今ある私たちは、魂に刻まれているそれを思い出せばいいだけなのですから、実はとても楽なことなのだと気がつきました(*^-^*)
あなたの中に、不思議な記憶はありませんか?妙に気になるもの。とても好きなもの。それは、あなたが幸せだった時代の記憶かもしれません。
逆に、なぜだか分からないのに、ひどく怖いものがあったとしたら・・・それは、癒されていない過去生の記憶かもしれません。今のあなたとは関係のないものだから、早くに気づいて、消してしまった方がいいですよね(*^ー゜)
自分の過去生を知ることは、魂に刻まれている自分自身を知ることだと思っています。 過去に光を当てることで今の自分が生き、未来が輝きます。
心を澄ませて、自分の中をのぞいてみましょう。自分は何を積み重ねてきたのか。何を大切にしてきたのか。そこから何を学び、どう生きたいと思っているのか。
すてきな自分をたくさん見つけたいですね ♪
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