遺された思い
だんでらいおん
黒のライダーズジャケットがぴったりハマる初老の長身の男性。
大型バイクにまたがって山道を走り抜ける姿は外国の映画を観ているようでした。
そしてバイクを停められた所は一面に咲き誇るコスモスの花。
息を呑むような景色の中にじっと立つ男性の表情には懐かしさと悲しさが入り混じっているようでした。
私の前に座っておられるのは一人の女性。
顔を向けると、
「その場所。出会って間もないような頃に主人が連れて行ってくれた所です。亡くなる前に、そこへ行こうと言ったんですが……私、オートバイの後ろになんか乗れない、と断ったんですよ。そしたら一人で行ってきて……
本当は一緒に行きたかったんですよね。
行けば良かった……」
そのツーリングのわずか後、ご主人は再度の入院になられて、そのまま帰らぬ人になられたのだそうです。
「私、一緒に行けば良かったですね」
奥様には悔いの残る最後の時間でしたが、
「ご主人は一人で行かれて良かったと思いますよ」
と、伝えました。
オートバイで走るご主人の姿には 凛とした覚悟が感じられました。
一人で走りながら、最期の時に向かって、心を決められたのだと思います。
会社を経営しておられたそうです。その会社を信頼できる人に託して社員さん達の生活を守り、
家のことなども、あとの人たちが困らないよう きちんと事務処理をして……
生ききったという思いの中に、それでも寂しさや悔しさが乱れるのは 残していかなければならない奥様のことを思われたからでしょうか。
亡くなられた方の思いを感じるたび、人は何てやさしいのだろうと思います。
自分が死んでいくことの怖さより、残される大切な家族のことを語られます。
「私は大丈夫ですよ。
ちゃんと家族を守って、主人の分まで生きますから」
ふっとご主人の気配が動いた気がしました。
「ご主人、カッコいい方ですね」
「そう、カッコいいんです。最後に来ていたライダーズジャケット。
主人が一番好きだったもので、よく似合ったんですよ」
誇らしく話される奥様をやさしい気配が包んでいるようでした。
このご夫婦はずっと一緒。
そう思えました。
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