前回からのつづき
こどもの場合は、この「既成概念」が少ないので、自分が見たこと、聞いたことがそのままの形で比較的スーッと入って行き易いです。

ところが次第に年をとればとるほど、いろいろな経験を経てたくさんの「概念」を心の周りにまとっています。

もちろん経験や概念は大事です。それが無くてはたくさんの情報を手際よく処理できません。
ただ、自分にとって「新しい世界」を理解するとき、これが邪魔することが多々あるように思います。
いろいろな場面でよく見かける事ですが、稽古場も例外ではありません。
この「概念」というか「思い込み」が邪魔して、先生の踊りや言葉が生徒さんの心に届かないことがあるように思います。

生徒は、先生の言っていることの一面だけ聞いて、あとは自分の「概念」で判断してしまっています。
(決して悪気はないんです。それどころか、
「早く覚えなくちゃ

」とそれなりに一生懸命なんです。)
しかし、ちゃんと分かってない生徒さんは、当然ながら同じ間違いを何度もすることになります。
先生から同じ注意を毎回受けるので、

さすがに---
「これは自分が思っていることと、先生が言いたいことの間に大きな差があるのでは」
と不安を感じるようになります。

やっと自分の見方や、聞き方が不十分だったのではないかと、自分を疑うようになります。
ここまで来たらあと少しです

この、「自分を疑う」ということは、なかなか出来ないことですよね。
自分を疑える人はエライ

自分を疑うことの出来たその生徒さんは、今まで見聞きしたことに「思い込み」や「ひとりよがり」がなかったか、「見落とし」がなかったか気をつけて稽古に対するようになります


。
(先生の踊りをすくいとる網の目がぐっとキメ細かくなったわけです。)
傍から見ていると、それまで情報を拒んでいた厚い壁が崩れ、中から柔らかなスポンジが現れて、先生の言うことや踊りを気持ち良く吸いとっていくようです。
そして、そういう姿勢は必ず師匠の心に届きます。
師匠はそのお弟子さんの心を受け取り、今度は「壁」ではなく、その「人」を相手に稽古をつけることが出来るようになります。
さあ、これからがやっと「踊りの稽古」です


つづく